ロンドンで開催中の「クリスチャン・ディオール」展 その中身とキュレーターの想い

ヴィクトリア&アルバート博物館(以下、V&A)で展覧会「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ(Christian Dior : Designer of Dreams)」が開催中だ。英国ではこれまでで最大の「クリスチャン・ディオール」展であり、同美術館にとっては2015年のアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)の展覧会「Savage Beauty」以来の大規模なファッション展となる。今回の展覧会は昨年パリの装飾芸術美術館で開催された、70万人を超える人が詰めかけて大成功を収めた回顧展がベースとなり、V&Aのキュレーター、オリオール・カレン(Oriole Cullen)によって再編集された内容だ。合計約500点の展示品のうち60%が新たに加えられたもので、パリでの回顧展からは内容を一新し、英国とムッシュ・ディオールとの関係性に焦点を当てている。大好評につき7月14日までだった会期が9月1日まで延長されることも決まった。

開幕から数日後の2月中旬に訪れると、すでに入場を待つ人が30m近い列をなす盛況ぶりだ。テーマに沿った11のギャラリーは、ムッシュ・ディオールによって描かれたスケッチ画の展示「Christian Dior」から始まる。そして1947年のディオールの最初のコレクションをフィーチャーした「The New Look」、47~57年ムッシュ・ディオール草創期のコレクションを追った「The Dior Line」と続く。

4つ目のギャラリーが今回の目玉といえる「Dior in Britain」だ。ここでは「クリスチャン ディオール」が英国の顧客のためにデザインした数々のドレスや英国でのショーで発表した作品が展示されている。中央には、ロンドン博物館が収蔵する故マーガレット妃が21歳の誕生日に着用したドレスが展示され、左側の壁にはそれを着用した巨大ポートレートも飾られている。カレンによると、ムッシュ・ディオールは顧客のために英国のカントリーハウスで非公式のファッションショーを何度か開催したという事実が、同展のためのリサーチによって明らかになったそう。王室やセレブリティのみではなく、英国の多くの女性から愛し愛された関係なのだと分かる。「故郷をのぞいて、生活様式をこれほどまでに好んでいるのは英国だけ。英国人に非常に似合うツイードの洋服だけでなく、彼らがゲインズバラの時代から身に付けている、決して真似することのできない絶妙な色彩と流れるように美しいドレスを、心から愛している」というムッシュ・ディオールの言葉も紹介されていた。先日発表された「ディオール」の2019-20年秋冬コレクションは50年代の英国女性から着想を得たとあって、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)=クリエイティブ・ディレクターはこのギャラリーの展示からインスパイアされたのだろうと想像した。

続いて、創設から現在までの歴史的なドレスを展示するギャラリー「Historicism」へと移る。宮殿の中にいるようなセットの中には、19世紀ヴィクトリア朝時代の装飾を愛していたというムッシュ・ディオールの作品と、その後にクリエイティブ・ディレクターとして継承したデザイナーらによる、豪華なヴィクトリア朝のドレスが並ぶ。次のギャラリー「Travels」では、世界の国や文化から着想を得た数々のドレスが展示されている。メキシコ、スペイン、インド、中国、日本など各国の伝統衣装や独自技術を「クリスチャン ディオール」が再解釈したドレスの美しさは、国境も時代をも超越したきらびやかな魅力を放つ。植物をこよなく愛していたムッシュ・ディオールに捧げるかのように、ギャラリー「The Garden」には天井から植物の装飾が施され、植物からのインスピレーションがデザインに投影されたドレスが並ぶ。

「Designers for Dior」ギャラリーでは、ムッシュ・ディオールの死後ブランドを率いた6人のデザイナーの作品にスポットを当てている。死去するまで創始者自身が活躍したのは10年間と決して長くはないが、その偉大な功績と遺志を継ぐデザイナーやクチュリエによって、さまざまな解釈や時代と呼応して「ディオール」が成長し発展し続けているのだと見て取れるような内容だ。「The Ateliers」では、制作の第1歩となる、白のコットンで作られた試作品が天井までずらりと並ぶ。続く「Diorama」では、帽子や靴、バッグなどの小物からミニチュアのドレス、香水、表紙を飾った雑誌など、通路沿いの壁にしつらえられたガラスケースにぎっしりと展示され、そこを抜けるとクライマックスの「The Ballroom」にたどり着く。天井からのライティングとプロジェクションマッピングによって内部を舞踏会(Ball)のような大広間に見立て、過去70年間に制作されたフォーマルなイブニングドレスで展覧会は締めくくられる。

ムッシュ・ディオールはクチュリエとして活動し始めてわずか10年ほどで亡くなりましたが、その功績は服飾史上においても確固たる位置を占めています。女性のシルエットを再定義し、1947年に登場した“ニュールック”は、第二次世界大戦後に質素な生活を余儀なくされ疲弊していたパリやファッション業界を活性化させました。そんな彼が第二の故郷として愛していた英国で展覧会を開催するのは、私たちにとって意義深いことです」とカレンは語った。「ディオール」の華やかな歴史を紐解くとともに、豊かな遺産や突出した創造性がどのように生み出されてきたのか、その着想源にも触れられる見応えのある華麗な展覧会だ。カレンは「ムッシュ・ディオールがどのように歴史を変えたのか、そして継承するデザイナーやクチュリエの職人技と伝統技術によって『ディオール』がどのように物語を紡ぎ女性に夢を与え続けているのか、理解を深めてもらえれば」と展覧会への想いを語った。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける